美人は中庸?

社会において「美人」と言われるのはその構成員が共通して美人であるとみなされる存在になる。
従って各社会においてその内容に差異がある事は広く知られている。
実際にどのような形が美人になるかも議論されている。
黄金比を取るのが美しいとか、顔の平均を取るのが適切だとか言われる事が多い。

人々の価値観は多様だ。
普通思われている以上にそうだ。
その中で美人とされる存在はどんな人だろうか。
いくつか考えてみる。

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法人税は赤字に対する罰則

注意:専門外の考察なので知識の誤りや既によく知られている内容が含まれます。検証も甘いです。

法人税は法人の黒字に対して一定の割合でかかる税金を指す。
つまり赤字の場合は払わなくてもよい。
とすれば法人税は黒字に対する税であり、黒字を出す事へのペナルティーだと考えるのが自然だ。
対処するには赤字か利益なしにすればいいように思える。

その考え方は近いが誤りだ。
法人税は赤字に対する罰金だ。
簡単に説明するなら法人税率99%の場合を想定すればいい。
そしてその対策は黒字を出さない事ではなく、赤字にしない事だ。
これで理解したならばもう十分だ。

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倫理学の基本2

倫理学の基本1 ←前

一般的な真理の定義(以下では「真理の定義」とする)は既に述べた。
その定義は強力で一定の問題があるにしても修正可能だろう。
しかし、一般的な議論で実用的に倫理規定と見なすためにはいくつかの条件を満たす必要があるだろう。

実用的な論理的要件

Aは真であるか否かが問題とされるとき、Aは真でありかつAの否定も真であるいはどちらも真でないなら、その結論は判断に用いる事はできないだろう。
「真理の定義」においてはそのどちらもありうる。

まず、いずれも真でない場合はそれが集団にとって難しすぎる、あるいは定義ができない場合に起きうる。
集団における一個体がいずれにも合意しないだけでその条件は容易に満たされる。
例えば、絶対者の存在やほぼ等価の倫理判断、あるいは計算不能問題を「真理の定義」に適用したならばそれは期待できるだろう。

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ヘイトスピーチを禁じる国ではアファーマティブアクションを行うべきではない?

以下の記事はsrad.jpの私の記事の転載です。

現代、多くの国で「言論の自由は尊重されるべき」との主張は受け入れられています。

しかし、一方で中国や他の独裁国家はもちろん、西側諸国であるヨーロッパ各国(ホロコースト否定の禁止等)・或いは韓国(死者名誉毀損罪を用いたもの)等でも言論の自由が大きく制限されています。

或いは人種差別撤廃条約を口実とした言論制限も多くの国で行われています(なおこの条約は国籍による差別を対象としません)。

各国各々の理由でそれを正当化し、かつ現状それらの言論制限下で行われた議論は有効な物として取り扱われています。

仮定の話として、極めて深刻な人種差別が存在し、私的な虐殺が広範に行われている様な場合等そのような言論制限は許容されるべきです。

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「進化」の持つ「意識」

以下の記事はsrad.jpの私の記事の転載です。

(結論は段落4から。)

インテリジェント・デザインという考え方がある。

要するに、生物は何らかの「知性ある存在」により設計された、というものだ。

この主張は以下のような点で問題がある。

  • 生物が進化により発生したという事はほぼ疑いの余地が無い。
  • 「知性ある存在」による設計は、進化による設計に対して以下の制約が有り、総合して設計の困難さに有意な利点があると言えるか疑わしい。
    • 極めて短時間に、かつ大量の実験的生物の創造なしに設計された事。
    • 恐らくヒューマンデザインの延長にある設計手法を用いている事。

    以上の点を逸脱すれば、進化さえ一種の設計手法として認められ、そうすればインテリジェントデザインと進化論の関係は対立ではなくなりうるためだ。

私は概ねインテリジェントデザインを支持しない。

ただ、少なくとも一つの点でこの理論は示唆的であると考えられている。

つまり、生物は意図的な設計が存在したと思えないほど精巧で完成されている、という事だ。

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地球外の知的存在との対話

以下の記事はsrad.jpでの私の記事の転載です。

現在、地球外の知的存在と対話する方法として、「二次元ビットマップデータを送信する」という方法が一般的に良く知られている。(他にPCMデータを用いる例もある。まさかのMP3でした。)

この方法は極めて単純で、小さな通信量では現実的だ。しかし、彼我が相当共通していないと理解は困難であろうし、理解が妥当であるかの検証は事実上不可能だろう。

より大きな通信量を用いる場合、かつ理解を確実なものにする為にプログラムを送信するという方法を提案したい。

そのプログラム(CPUの命令列やソースコード)言語は以下の条件を満たさなければならない。

  • 極めて単純で有る事。
    相手に数の概念がある、という仮定でさえこの計画を失敗に導くかもしれない。
  • チューリング完全を満たす事。
  • データとプログラムを区別しない事。

有力な候補としてBrainfuckを挙げる。2bit CPUのような極めて単純なCPUでもいい。可能ならデータを簡便に扱える言語が望ましいが複雑すぎるだろう。

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倫理学の基本1

次→倫理学の基本2

倫理学は量子力学の生まれなかった物理学とも、記号論理学がない論理学とも、ゲーデルの不完全性定理やラッセルやホワイトヘッドのいなかった数学界とも、アラン・チューリングのいなかった計算機科学(そんなものがありうるとすればだが)とも言える。
要はいかに非実用的で形式的であろうと、妥当である事がそれなりに保障されている理論というものが存在しないのだ。

一応、それらしいものはある。
例えば功利主義がそうだし、カントの義務論がそうだ。
あるいは聖書やその他の経典の言葉がそうだという人もいるだろう。
徳倫理学、功利主義、義務論、そして人によっては和辻倫理学やら最近の倫理学に続く流れは何かしらの倫理学の講義や話を聞く度に一通り聞かされる。

私はここでもう一度説明するつもりはない。
それは、私がそれらの説を自分の主張に劣ると思っているからであるし、それが自分の知識が十分にないからだとわかっているからでもあるし、そもそも人並みの説明ができる自信がないからでもある。
そもそも私はいくらか講義は受けたものの、倫理学科の出ではない事も断っておかなければならない。

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